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河口慧海が学んだ寺子屋としても知られる登録有形⽂化財
清学院は、元禄2年(1689)『堺大絵図』に「山伏清学院」の名で記されるなど、修験道の道場としての歴史を持っています。
また、江戸時代後期から明治初期にかけては寺子屋「清光堂」としても使われていました。
現在の北旅籠町で生まれ、日本人で初めてヒマラヤ山脈を越えてチベットに入った河口慧海もここで学んでいました。
現存の建物は江戸時代後期に建築され、平成14年(2002)に国の登録有形文化財となりました。
清学院正面
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