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泉北ニュータウン地域の歴史を中心とした郷土博物館
小谷城郷土館は、泉北ニュータウンに隣接する堺市南区豊田に所在し、小谷家の邸宅の一部を一般公開しています。小谷家の始祖平氏頼晴は、鎌倉初期にこの地(若松荘)に地頭として赴任したのが始まりと言われています。小谷氏の居城として栂山城・小谷城・豊田城とともに鼎城と呼ばれ、堺で最も古い城址の一つです。
小谷城は、南北朝時代には南朝方で千早赤阪城と大雄寺(浜寺)結ぶ地点であって「狼煙」中継地点として又、天野山金剛寺の行宮を守る城としその任務を担っておりました。戦国時代に入り、この地域は、根来党であった為、織田信長勢との戦いで天正三年(1575年)鼎城は落城しました。
その後に小谷氏は大坂冬・夏の陣に徳川方として参戦し功労をたて、江戸時代には、上神谷地域を治めていた伯太藩渡辺家に仕え庄屋を務めました。
近代、泉北地域は、明治維新、戦後の農地解放、高度成長時代と激動の時代を経て、大きく変貌しました。そのときの移る中、小谷家39代方明は、地域の歴史について家伝や古文書などを研究し、消え行く文化財や民俗の研究に力を注ぎました。方明氏は昭和5年に「和泉郷土文庫」、昭和46年に(財)小谷城郷土館の前身である小谷城郷土館を設立しました。
外観の風景
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