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お笑いやグルメのイメージが強い大阪。一方で、古くから日本の中心地として栄えてきた歴史をもつ、トラディショナルな町でもあります。とりわけ、室町時代中期の1460年代後半から安土桃山時代の1570年代後半頃にかけて貿易で栄え自由・自治都市として独自の文化を育んだ堺や、江戸時代(1603−1868)以降に商人の町として発展した大阪城下は、オオサカ・トラディショナルの聖地。そこには、商いを通じて培われた、おおらかで人情深く、ホスピタリティあふれる人びとの気質が息づいています。さまざまな体験を通じて、歴史ある町の懐深き魅力を体感してみてください。
目次
大阪メトロ梅田駅から御堂筋線で終点の箕面萱野駅へ。バスに乗り換え、勝尾寺バス停で下車し徒歩すぐで勝尾寺に到着。
@chisato0040
勝ちダルマの奉納棚には、参拝者から奉納された数多くの「勝ちダルマ」が並び、独特の風景を醸しだす
オオサカ・トラディショナルを体験する旅の最初は、北摂と呼ばれる大阪府北部エリアの勝尾寺を参拝。約1300年前の平安時代から「勝ち運」信仰が続き、大阪はもとより関西でも屈指の由緒を誇る名刹です。現在も、人生のあらゆるシーンで勝つご利益を求め、全国各地から多くの参拝者が訪れます。
入山志納料を納めて境内に入ると、勝ちダルマ奉納棚に奉納された「勝ちダルマ」や各所に置かれた「ダルマみくじ」がところ狭しと並ぶ光景に圧倒されます。日本各地に名刹は数あれ、このような光景は唯一無二ではないでしょうか。また、花の寺としても名高いそうで、四季折々の花々が境内を美しく彩っています。
初夏の紫陽花、春の桜など、花の寺としても名高い
ところどころで立ち止まり、時間を忘れて写真を撮りながら境内を散策。少しずつ歩き進めた先に、御本尊の十一面千手観世音菩薩が祀られる本堂が御鎮座しています。心静かに合掌した後は、本堂前お授け所で「勝ちダルマ」や「ダルマみくじ」を授かりましょう。
秋の紅葉シーズンなど期間限定で夜間ライトアップも実施。境内は幻想的な雰囲気に包まれる
トマトチーズ玉。フレッシュトマトとチーズの相性が抜群なオリジナルメニュー
ハイカラ焼きそば。4時間以上煮込んだ牛スジとコンニャクを使った自慢の逸品
バスと地下鉄を乗り継いで、再び大阪市内へ。
かつて大阪城の城下町が広がっていた市内中心部の官庁街・谷町エリアで、大阪名物のお好み焼をいただきます。今回訪ねる狸狸亭(ぽんぽこてい)は、大阪で10店舗を展開する人気店。ふっくらサクサク、具沢山のお好み焼が自慢です。素材の味を引き出す焼き方や、野菜とフルーツたっぷりの無添加ソースなど、こだわりも満載。
さらに、席に着いてお品書きを見ると、定番はもちろんオリジナルメニューが多彩で迷ってしまいます。店員さんに好みを伝えたりおすすめを聞いたりして相談しながら、お気に入りの一品を見つける時間も楽しみのひとつ。せっかくなので、おすすめのメニューを幾つかオーダーしてシェア。ほかのお店とはひと味もふた味も違うお好み焼に出会い、大阪グルメの魅力を再認識する大満足のランチタイムとなりました。
体験場所は、大阪最古の能楽堂
お好み焼を味わったら、お店からぶらぶら歩いて次のスポットへ。3分ほどで辿り着く山本能楽堂は、戦災による焼失から復興し、大阪城のお膝元で100年近い歴史を重ねる大阪最古の能楽堂です。
織田信長や豊臣秀吉など数々の武将が愛した「能」の伝統と歴史を、大切に守り受け継いでいます。また、それだけに留まらずユネスコ世界無形文化遺産にも登録されている「能」の魅力や本質を広く世界に発信する施設としての役割も担っており、「能」はもちろん多彩な日本の伝統文化に関する体験や見学のプログラムが用意されているのも注目すべきポイントです。
能面を着けてすり足を体験。視界が狭く真っすぐ歩くだけでも難しい
能楽師の指導で、小鼓を使った囃子の体験
能の体験は、能舞台に上がる時の作法である白足袋を履くところから始まります。白足袋を履いて舞台に上がると、身も心も引き締まるような感覚に。舞台上でのすり足や囃子、装束、さらに謡などを実際に体験すると、心と体で能の世界に浸っている自分に気づくのです。本物の場で本物の文化に触れる体験。日本を代表する伝統文化である能の魅力を、再認識することができました。
能舞台の上で装束を着けて記念撮影もできる
アクターによる殺陣の演武は想像を遥かに超える迫力
能の世界に浸った後、大阪城下を離れ地下鉄を乗り継いでミナミと呼ばれるエリアへ向かいます。
駅のすぐ上に建つビルの1室が、次の体験スポット。ここでは、映画や時代劇、アニメなどでお馴染み、侍や忍者の殺陣を体験します。アクターが目の前で繰り広げる、殺陣や居合の演武は迫力満点。動きだけでなく、気が伝わってくるのを感じます。演武鑑賞の後は、実際に衣装を身に着けて稽古や演武を体験。正座と礼の作法に始まり、姿勢や動作の稽古を進めるうちに、心が無になっていくのです。
居合の演武。静寂の中に刀を振る音が響く
とはいえ、ここでの殺陣の体験は、決して堅苦しいものではありません。「この体験が皆さんにとってさまざまな日本文化への入口となることを願います。そのためには、まずは楽しむことが大切」というアクターの言葉が、緊張した心を和らげてくれます。最後には、効果音や掛け声、床の震動、張り詰めた空気なども感じながら、五感すべてで日本武道の魅力に惹き込まれていることでしょう。
衣装を身に着けて演武体験。気分はサムライ
歴史的な日本建築を一棟貸切にした宿泊体験が可能
1日目のプログラムは、これにて終了。今夜の宿を目指し、地下鉄とJRを乗り継いで堺へ移動します。
駅から歩いて約10分(送迎あり/宿泊者限定8名まで)の場所にある「SAKAINOMA HOTEL 濵 旧福井邸」は、歴史的な邸宅を一棟貸切で提供する宿泊施設です。昭和初期に建てられた建物はもちろん、家具や建具などの設えや各所の意匠に至るまで、現代の日本建築にはない趣深さが息づく古きよき堺商人の住宅文化が感じられます。
和情緒あふれる室内から眺める庭園の景色も魅力
今や古民家一棟貸しの宿泊施設は珍しい存在ではありませんが、やはりここは格別。上質でありながら気を張ることなく過ごせる、和みの空気が流れているような気がします。暮らすように泊まる、そんな感覚でしょうか。初めて訪ねるはずなのに、どこか懐かしさを感じさせてくれるのです。
食事の提供はありませんが、宿の向かいには24時間営業のドラッグストアやコンビニエンスストアがあるので、食材を持ち込み、最新設備のキッチンで調理を楽しんだり、オプションで鍋料理のオーダーも可能。今日一日の出来事や明日の予定を話し合いながらひとつの鍋を囲むひと時は、日本の団欒のよう。五右衛門風呂で身体を温め、夜が更けていくのを忘れてしまいそうです。
2日目は、浴衣とお点前をセットで楽しむ体験プログラムがメイン。
老舗呉服店五代目店主がプロの視点でアドバイスしてくれる
チェックアウトを済ませ、徒歩約20分の浜寺駅前駅から大阪で唯一の路面電車、阪堺電軌に乗車。車が行き交う道路の真ん中をガタゴト走ること約10分、宿院駅で下車します。
目的地は、堺最古の商店街で150年近い歴史を重ねる老舗「河十呉服店」。ここでは、レンタル浴衣の着付けをしてもらえます。老舗とはいえ、「浴衣はおしゃれ着。肩ひじ張らず気軽に楽しんで」という五代目店主が出迎えてくれるので、決して敷居は高くありません。
柄もサイズも豊富に用意されているので最適の一着が見つかるはず(※写真はイメージです)
店主のきめ細やかなアドバイスを受け、多彩なラインアップの中からお気に入りの浴衣をチョイス。和装や和文化に関するお話を聞きながら、着付けの間も楽しい時間が過ごせます。着付けが終われば、レトロな商店街を散策。すぐ近くの神社で、旅の無事を祈願するのもいいでしょう。
その先も浴衣姿で、堺の文化体験施設「さかい利晶の杜」へ。堺出身の茶道千家始祖、千利休が大成した茶の湯のお点前を体験します。施設の一角にある本格的な茶室に入ると、自然と背筋が伸び居ずまいが正されていくから不思議です。
本格的な茶室空間で茶の湯を体験(※写真はイメージです)
体験では、茶道千家の先生によるお点前の作法だけでなく、掛け軸、生花、茶菓子などにも亭主のホスピタリティが込められていることも学びます。凛とした空間で体験を終えた後は、心も体も洗われた気分になりました。
美しい所作に思わず見惚れてしまう先生のお点前(※写真はイメージです)
炊飯名人の銀シャリ。立ち上る湯気の香りまで美味しい
カウンターには、おかずや小鉢がところ狭しと並ぶ
浴衣を返却したら、ランチのお店へ向かいましょう。レトロな商店街を散策しながら7分ほど歩けば、お目当ての「銀シャリ en」に到着です。
「銀シャリ」とは、銀色に輝いて見えるような炊きたてご飯のことです。お店の主、小川要さんは、かつて同じ堺にある銀シャリの名店で炊飯を極めた、銀シャリのプロフェッショナル。独立後、2023年1月にこのお店をオープンしました。だから、お店の主役はもちろん炊きたてホカホカのご飯。とにかく、期待が高まります。
お店に入ると、オープンキッチン前には多彩な手作りおかずがずらり。聞けば、毎日35~40種類を用意しているそうです。その中から好きなものを自分で選ぶのが、このお店のスタイル。トラディショナルな、町の食堂風情を感じます。どれも美味しそうで、いろいろ迷いながらおかずをチョイス。主役の銀シャリと、味噌汁と一緒にトレーへ乗せて席に着いたら「いただきます!」。
冷蔵ケースには、新鮮な魚のお造りなども
出汁の旨みと香りが効いた具沢山の味噌汁もまた格別
ご飯をひと口食べた瞬間、口の中に幸せが広がり、噛めば噛むほど米の旨みがジンワリ。おかずや味噌汁と一緒に味わえば、もうお箸が止まりません。ご飯って、こんなに美味しかったのかと、感動すら覚えます。おかわりできるとのことで、思わずもう一杯。食べ終わる頃には、お腹はもちろん心も満たされているのを感じたのでした。
コンパクトながら、堀、石垣、天守閣がバランスよく調和した美しさが魅力
大阪をめぐる旅の最後は、堺からさらに南の岸和田へ。勇壮なだんじり祭りで知られる、城下町です。駅から歩いて目指すのは、かつて大阪と和歌山を結ぶ紀州街道の要衝として築城された岸和田城。水をたたえた堀の内側に石垣が組まれ、その上に三層の天守閣が建つ姿は、大阪城のような豪奢さはないもののバランスの取れた美しさを醸し出しています。
門から城内へ入ると、まず眼に飛び込んでくるのが岸和田城庭園(八陣の庭)。1953年に昭和を代表する作庭家の重森三玲氏によって作庭された枯山水庭園で、国の名勝に指定されています。360度どの角度からも鑑賞でき、それぞれに異なる趣を感じられます。
天守閣最上階から眺める岸和田城庭園(八陣の庭)
しばらく庭園を愛でた後、楽しみにしていた天守閣へ。天守閣内部では、歴史的価値の高い資料の展示があり、隅櫓では地元に伝わる伝説の上映などで、町と城の歴史を学びます。また、最上階から眺める景色も格別。眼下には岸和田城庭園(八陣の庭)が広がっており、先ほど地上で眺めた時とは異なる印象です。こうした違いを感じられることも、重森三玲の庭園の奥深さなのだと改めて実感したのでした。
1泊2日でめぐる、オオサカ・トラディショナル体験の旅。体験を通じて、日本古来の伝統文化が大阪の町にしっかりと息づいていることを実感しました。そして、伝統や歴史を大切に守りつつ革新を重ねながら、訪れる人びとを楽しませてくれる大阪人のホスピタリティにも感動。大阪の町と人が、ますます好きになりそうです。