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日本酒発祥の地と伝わり、酒処と呼ばれる銘醸地が各所にある関西エリア。各地域の気候や風土に根差し、蔵元ごとに個性の異なる銘酒が醸されている。
世界に数ある酒の中でも、特に食と深く結びついている日本酒。地域の食文化と日本酒は、切っても切れない関係にあるといっても過言ではないだろう。
地元の蔵で醸された酒を飲みながら、地元の食材が盛り込まれた料理を食べる。それは、その地の食文化を体験することだ。
そんな体験の場としてぜひおすすめしたいのが、蔵元が手掛ける飲食店やショップなどの施設。蔵自慢の酒と、それに合う料理、またその逆も然り。酒と食の良い関係を、じっくり楽しませてくれる。
曹洞宗大本山の永平寺や、国の天然記念物に指定されている東尋坊、世界三大恐竜博物館のひとつに数えられる福井県立恐竜博物館など、名所や見どころが多い福井県の嶺北地方。ここでは、豊かな自然に恵まれた環境の中、古くから気候風土に根差した酒造りが行われてきた。
そんな地で醸されているのが、福井県を代表する日本酒ブランドとして今や国内だけでなく海外にも多くのファンをもつ「黒龍」だ。その蔵元の黒龍酒造の親会社にあたる石田屋二左衛門が、2022年6月に国内外へ福井や北陸の食や文化を発信する拠点施設「ESHIKOTO」をオープンさせた。20歳以上のみ入場可能で、酒と食、ご当地の風土や人との出逢いを楽しむ、大人のためのテーマパークだ。
仕掛け人は、石田屋二左衛門の代表で黒龍酒造八代目蔵元の水野直人さん。現在展開中の「臥龍棟」と「酒樂棟」の2施設に加え、今後はさらに施設を充実させオーベルジュなどの計画も進めていくという。
2棟ある施設のうち、イギリスの建築家サイモン・コンドル氏の設計による建物が「臥龍棟」。酒の発酵や熟成、貯蔵のための庫やイベントスペースなどがあり、通常は一般非公開でイベント開催時などに不定期で開放される。
そして、もうひとつの施設が、酒と食を楽しむ「酒樂棟」。酒や伝統工芸品のショップ「石田屋ESHIKOTO店」と、菓子店併設のレストラン「Apéro & Pâtisserie acoya(アペロ&パティスリー アコヤ)」の2店舗で構成されている。店内やデッキから望む、黒龍の由来となった九頭竜川や、永平寺町の美しい景色も大きな魅力だ。
「石田屋ESHIKOTO店」では、黒龍酒造が醸した定番の酒から、ここでしか手に入らない「永(とこしえ)」シリーズや自然発酵で仕込んだスパークリング日本酒「ESHIKOTO AWA」などESHIKOTOブランドの酒まで、多彩なラインナップを販売。店内奥にはテイスティングカウンターが併設されており、個性豊かな銘酒の利き酒が楽しめる。
「Apéro & Pâtisserie acoya」は、ケーキや焼き菓子を扱うパティスリーゾーンと、日本酒に合うおつまみなどを提供するアペロゾーンの2ゾーンで構成。アペロゾーンで味わえるメニューは、フレンチのエスプリを和食に融合させた逸品揃い。御膳スタイルのモーニングやランチのほか、おつまみやアラカルト、カフェやデザートまで多彩だ。日本酒3種のテイスティングや常時8種のグラス日本酒など、黒龍酒造の酒とともに味わえる。
日本最大の湖・琵琶湖を擁し、湖国とも呼ばれる滋賀県。美しい湖景の数々は、近江八景や琵琶湖八景などと呼ばれ、昔も今も人々の憧憬を集めている。近江商人のふるさと近江八幡や、国宝の天守をもち天下の名城と称される彦根城、1200年余りの歴史をもつ天台宗総本山の比叡山延暦寺、パノラマビューの絶景が広がるびわこテラスをはじめ、琵琶湖周辺の名所は枚挙にいとまがない。
また、滋賀県は、良質な水と米に恵まれ古くから酒造りが盛んな地。往時に比べ酒蔵の数は大幅に減ったが、個性に富んだ蔵元が近江の酒の歴史と伝統を守っている。
その一つが、湖東地域の愛荘町で江戸時代後期の天保2年(1831)から続く藤居本家。豊穣を祝う新嘗祭では、御神酒を皇室に献上する栄誉も賜っている。2022年11月には、蔵人の休憩所や酒米置き場として使われていた場所を改装し、近江の酒と食を楽しむ直営店「かくれ蔵 藤居」をオープン。
京都の料亭で修業を積んだ料理長が、地元食材を使った酒に合う料理を振る舞ってくれる。酒は、限定酒をはじめ代表銘柄の「旭日」を中心に、純米酒仕込みの果実酒や日本酒ハイボール、ひやおろしや新酒搾りたて生原酒といった季節限定の酒まで幅広く用意されている。
日本でも屈指の酒処として知られる、京都伏見。一帯に張り巡らされた濠川には昔の十石舟を模した遊覧船が行き交い、柳並木とともに美しい景観が広がる。濠川沿いやその周辺では、古くから酒づくりが盛んで、今なお多くの蔵が建ち並び酒処の風情を醸し出している。
そんな伏見の地で、米と米麹のみで醸す純米酒を他に先駆けて復活させたことでも知られ、創業から350年を迎えた老舗酒蔵、玉乃光酒造。2022年4月には、「酒粕を、日常に。」のコンセプトを掲げ、京都市中心部の四条烏丸でアンテナショップをオープンさせた。
築100年以上の京町家をモルタル基調のインテリアにリノベートした店内のレストランでは、米と米麴のみでできた自慢の純米酒粕を使った料理と、日本酒のマリアージュが楽しめる。昼は酒粕や麹を使った12種のおかずが月替わりで並ぶプレートランチ、夜はプレートメニューの他に一品料理や名物の酒粕おでんも登場。豊富に揃う玉乃光の銘酒とあわせて、酒粕の新たな魅力を体感してみてほしい。
大阪府の南東端に位置し、東に金剛山地、南に和泉山脈が広がる河内長野市。市域の約7割を森林が占め、豊かな自然が身近に感じられる街だ。市内には、高野街道をはじめ大沢街道や天野街道などの街道が交わり、ハイキングコースとして人気。また、修験道の開祖とされる役行者や高野山を開いた弘法大師空海などにゆかりある天野山金剛寺や観心寺、延命寺をはじめとする古刹も現存している。
そんな古刹のひとつで、大阪における酒造りの歴史で重要な存在とされる天野山金剛寺にちなんで名付けられた河内長野の地酒、天野酒。醸造元である西條合資会社は、江戸時代中期の享保3年(1718)から300余年の歴史を重ねる老舗蔵で、一度は途絶えた天野酒を1971年に復活させ大阪の地酒に育て上げた。
その直営店「大阪産料理 天空」では、貴重な蔵出し生酒のほか、大阪産の食材にこだわった料理を提供。完全予約制のランチはコース仕立てで供され、天野酒とあわせて楽しむファンも多い。夜はカジュアルなアラカルトから豪華なコース料理まで多彩なメニューを揃え、盃の上げ下げを進ませる。江戸末期築の古民家をリノベートした国登録文化財の建物も、実に味わい深い。
奈良県北東部の歴史ある高原の町、大宇陀。万葉の歌人・柿本人麻呂が当地を訪れて詠んだ「かぎろひ」にちなみ、「かぎろひの里」の名でも親しまれている。大坂の陣で活躍した後藤又兵衛の伝説にちなんだ又兵衛桜や、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている宇陀松山の町並みなど、わざわざ訪ねてみたくなる魅力的な地だ。
そんな山里の一角に蔵を構え、完全発酵や生酛造りを追求する酒蔵として日本酒ファンの注目を集めているのが、江戸時代中期の元禄15年(1702)に創業した久保本家酒造。
2023年3月にニューオープンした直営店「酒蔵カフェ久保本家酒造はなれ」では、地元食材を使った料理に、糀や味噌、甘酒、漬物など発酵食品の力を余すことなく組み込んだ「酒蔵の発酵ランチ」が人気だ。他にも、米糀の甘酒などのドリンクや酒粕チーズケーキなどのスイーツまで、蔵元の女将が手がける身体が喜ぶメニューが揃う。
江戸時代、徳川将軍家に次ぐ地位を誇った、尾張、紀州、水戸の徳川御三家。なかでも紀州徳川家は、2人の将軍を輩出するなど幕府に大きな影響力をもっていた。和歌山城下や周辺地域では大名文化が発展し、その栄華を今に留める見どころが和歌山の市街地各所に点在している。
見どころを巡った後、帰路へつく前にぜひ立ち寄ってみたい1軒がある。南海和歌山市駅直結の複合施設「キーノ和歌山」2階に店を構える、日本酒のショップ&バー「平和酒店」だ。2020年6月に、海南市の酒蔵「平和酒造」が初のアンテナショップとしてオープンさせた。
看板銘柄の日本酒「紀土KID」、梅や柚子などで作ったリキュール「鶴梅」、山椒や柚子などを使ったクラフトビール「平和クラフト」など、蔵元直送の酒が豊富に取り揃えられている。店に立つのは接客専門のスタッフではなく杜氏や蔵人など酒造りに携わる人たち。造り手の思いや人柄をダイレクトに感じられる、日本酒好きにはたまらないスタイルだ。ショップ併設のスタンディングバーでは、蔵自慢の酒や生クラフトビールとともに、和歌山産の食材や調味料にこだわった酒肴が味わえる。
2021年7月、豊かな自然に囲まれた三重県多気町にグランドオープンした日本最大級の商業リゾート施設「VISON」。東京ドーム24個分の広大な敷地に、四季を感じるホテルや日本最大級の産直市場、薬草で有名な多気町にちなんだ薬草湯、和食の食材メーカーによる体験型店舗など約70店が出店し、県内外から多くの人を集めている。
その一角にある「福和蔵」は、あずきバーなどでお馴染み、地元三重県に本社を置く井村屋グループが初めて手がけた日本酒ブランド。
三重の豊かな風土が育んだ清らかな水と良質な酒米を使用するなど、風土や土地の個性に根差した酒造りをコンセプトに、日本酒界に新風を吹き込んでいる。酒蔵併設のショップでは、蔵出しの日本酒を、地元食材にこだわった多彩なおつまみと一緒に楽しめる。日本酒の基本ラインナップは、純米大吟醸、純米吟醸、純米の生と火入れの計6種。四季醸造の酒造り体制をとっているため、年間を通じて出来たてのフレッシュな日本酒を味わえるのも大きな魅力だ。
京都の伏見、広島の西条とともに、日本三大酒処の一つに数えられる兵庫の灘。現在の西宮市今津から神戸市灘区にかけた大阪湾沿岸12kmのエリアに、今津郷、西宮郷、魚崎郷、御影郷、西郷の5つの酒処が形成され、「灘五郷」の名で広く知られている。一帯には、白壁に杉板の蔵と巨大タンクが共存する新旧の酒蔵風景が広がり、資料館や酒蔵の見学、利き酒体験などができる蔵元もあって、日本酒好きにはたまらない。
今回訪ねるのは、灘五郷で最も多い10の蔵元がある西宮郷。灘の酒造りに欠かせない宮水が湧き出る地であり、「宮水と酒文化の道」の案内板が各所に設置され、学びながら散策も楽しめる。そんな「西宮郷」で寛文2年(1662)に創業以来、360余年続く老舗蔵が「辰馬本家酒造」。「宮水」と良質な酒米、伝統の技で醸される日本酒「白鹿」は、「灘の酒」を代表する銘酒だ。
銘酒と料理を楽しむレストランと、酒にまつわるアイテムを揃えたショップの複合施設が「白鹿クラシックス」。「花と和食と日本酒と。」がコンセプトのレストランでは、花や料理が織り成す日本固有の季節感を楽しみながら、美酒と美食に酔う豊かなひと時を過ごせる。人気メニューは、彩り旬野菜と天婦羅、十割蕎麦コース。名物の純米粕汁などのメイン料理に、こだわりの十割蕎麦と季節の草花が彩りを添える花かご料理が付く。合わせるお酒は、しぼりたて原酒から熟成古酒まで多彩。
江戸時代初期から商業が発展した山陰地方の中核都市、鳥取県米子市。霊峰大山に抱かれ、120余年の歴史をもつ皆生温泉や、絶景の城と呼ばれる米子城跡、昔の風情が色濃く残る城下町などを有する、山陰観光の玄関口だ。
現在、米子市内で酒造りを行う蔵元は、江戸時代前期の延宝元年(1673)の創業と伝わる老舗「稲田本店」1軒のみ。出雲神話ゆかりの稲田姫の名を冠した「稲田姫」を代表銘柄にもち、山陰地方の地酒文化を永年にわたって支え続けてきた。明治時代にビール工場を建設し、昭和40年代には精米歩合50%の純米酒を全国に先駆けて醸造するなど、革新的な挑戦にも取り組んできた名蔵だ。
そんな蔵元の直営店が、米子市の繁華街から裏路地を入った先にひっそりと佇む「稲田屋 米子店」。築100年の古民家を改装した和情緒満点の空間で、自慢の美酒と美食が味わえる。「地の酒には地の食を」をモットーに掲げ料理人が腕を揮う料理の素材は、鳥取県と島根県から仕入れる山海の幸が中心。銘酒「稲田姫」とは言わずもがなの好相性で、盃と箸が止まらなくなる。
かつて阿波国と呼ばれ、藍や塩などで栄えた徳島県。兵庫県の淡路島と大鳴門橋で結ばれており、大阪や兵庫などから日帰り圏内の好アクセスで、四国の玄関口的な役割も果たしている。その東部に位置する徳島市は、400年の歴史をもつ阿波踊りの舞台としてあまりにも有名だ。また、万葉集に詠まれ、日本の自然百選にも名を連ねる眉山は、市のシンボルとして親しまれている。
そんな徳島市の中心部から少し東、二つの川に挟まれたデルタに立つ勢玉酒造は明治27年(1894)の創業。一時は集約製造となったが2011年に自社の酒造りを復活させ、今では日本で最も生産量が少ない酒蔵として知られている。
酒蔵の一角に店を構えるのが、知る人ぞ知る蕎麦処「蕎麦 堂真」だ。築100年以上の古い酒蔵を改装した建物は、国の登録有形文化財にも指定されている貴重な建築遺産で、歴史と伝統が感じられる。名物は、厳選した国産の蕎麦を石臼挽きで自家製粉する蕎麦。つゆも鰹の削り節から手作りするなど、並々ならぬこだわりが伺える。自慢の蕎麦のお供は、もちろん日本酒。銘酒「勢玉」を味わえる唯一の店でもあるので、ぜひとも一緒に楽しみたい。
関西10府県の、蔵元が手がける飲食店やショップの施設10選。それぞれに、お店の業態も料理のジャンルも異なるが、共通しているのは酒と食が良い関係であることだと思う。ご当地を旅する際は、ぜひお店を訪ねてその関係性を体感してみてほしい。