神秘的で奥深い魅力にあふれた、懐深き滋賀県の旅

神秘的で奥深い魅力にあふれた、懐深き滋賀県の旅

2022年01月31日

The KANSAI Guide

京都府に隣接し、日本最大の湖、琵琶湖を有する滋賀県。かつてこの地には、京都よりも先に都が置かれていました。戦乱によって僅か5年で遷都となりましたが、都であった地としての歴史と文化は、消え去ることなく今なお息づいています。
洗練された京の文化とは異なる、神秘的でありながら協調と融和を併せもつ懐深き近江独自の文化。「不死鳥の寺」と称される1300年以上の歴史を持つ古刹と、日本茶栽培発祥の地で伝統を受け継ぐ老舗を訪ねる旅は、そんな滋賀の文化に強く惹かれる体験をもたらしてくれました。

ご住職直々の法話と案内を受け、古刹の真の姿に触れる

三井寺の表玄関、大門。石碑には、正式名称である長等山園城寺の銘

三井寺の表玄関、大門。石碑には、正式名称である長等山園城寺の銘

ご住職直々のお話と案内を受け、貴重な文化財の数々を拝観

ご住職直々のお話と案内を受け、貴重な文化財の数々を拝観

京都駅に降り立ち、車に乗って一路滋賀県大津市へ。時間にして30分ばかりの道程ですが、京都とはまた異なる歴史文化の薫りが漂っているのを感じます。
満々と水をたたえた琵琶湖の南西岸に広がる大津市街を抜け、山の中腹に寺域を構える三井寺に到着。この地で1300年以上の歴史を重ねるなかで、度重なる焼き討ちなどの災難を乗り越えてきたことから、「不死鳥の寺」とも呼ばれています。そんな古刹が、今回の特別文化体験の舞台。しかも、一日かけて境内に滞在するのです。
一般非公開の堂宇や聖域など、数々の貴重な文化財をご住職直々の案内で特別参拝。三井寺や大津に伝わる物語や民話、三井寺の歴史的なエピソードなどを交えながら分かりやすく解説してくださるご住職のお話を伺っていると、これらの文化財がここにある理由や意義が理解できてくるのです。なお、都合が合えば、高僧による茶会にて法話の拝聴ができるほか、こちらもご都合がつく場合には、三井寺の第164代長吏(最高位の住職)の福家俊彦師から、直々にご案内いただくことができます。
一般参拝では決して出会えないであろう、古刹の真の姿が目の前に広がっている気がしました。

国宝の勧学院客殿で障壁画に心酔し、坐禅の真理を体得

狩野派によって描かれた障壁画。写真は、一之間の滝図

狩野派によって描かれた障壁画。写真は、一之間の滝図

国宝の空間で心静かに目を閉じて坐禅を組む、何とも贅沢な時間

国宝の空間で心静かに目を閉じて坐禅を組む、何とも贅沢な時間

ご住職にお連れいただいた非公開建造物のひとつ、勧学院客殿。室町時代の武家住宅の様式、書院建築の典型的な遺構として、国宝に指定されています。
内部に歩を進めると、日本絵画史における最大の画派である狩野派が手がけた障壁画に出会います。日本画への造詣は決して深くないものの、しばらくその場から動けなくなるほど圧倒されました。
そして、目の前に美しい庭が広がる縁側へ。床には毛氈が敷かれ、座禅の準備が整えられています。僧侶から、坐禅の意義、姿勢や作法に関する説明と指導を受けた後、実際に坐禅の体験です。緊張を隠せずにいると、僧侶がこう仰ってくださいました。
「坐禅について、難しく考えたり構えたりする必要はありません。人の心は、池の水と同じ。かき回せば濁る、石を投げれば乱れる、何もしなければ澄みわたる。ただそれだけのことなのです」
そんなお話で緊張をほぐしていただき、坐禅を組んで静かに目を閉じます。しばらくすると、ざわついていた心が落ち着き、頭の中がすっきりしていくのを実感。そして、周囲の自然や建物の空間と一体になるような感覚を覚えるのです。
僧侶が鳴らす錀(りん)の音を合図に目を開け、坐禅が終了。濁りも乱れもない澄んだ心を、確かに自分の身体の中に感じたのでした。

寺宝と御仏に抱かれながら過ごす、宿坊での一夜

山内寺院の貴重な仏像が安置された仏間では、朝と夕に合掌

山内寺院の貴重な仏像が安置された仏間では、朝と夕に合掌

各部屋から障子越しに庭を望む、日本情緒あふれる設え

各部屋から障子越しに庭を望む、日本情緒あふれる設え

旅のスタートが午後からだったこともあり、坐禅の体験を終える頃には陽も低くなっていました。宿泊先へチェックインの時間です。
今夜の宿泊先となるのは、三井寺境内の「宿坊 和空三井寺」。約400年の歴史をもつ三井寺の僧坊、妙厳院を改築した、1日1組限定、1棟貸し切りの宿坊です。石畳の階段を登り重厚な門を抜けると、ここから先はプライベート空間。純日本建築の宿坊が、よく手入れされた美しい庭に囲まれて立っています。
館内は、僧坊時代の歴史的な建築要素を大切に残しつつ、和モダンなテイストでまとめられた落ち着きあるインテリアデザインが印象的。三井寺が歩んできた悠久の歴史が感じられる、庭の風景も見事です。仏間には、山内の寺院が所蔵する一般非公開の大日大聖不動明王像を安置。ラグジュアリーな宿泊施設に生まれ変わっても、お寺の宿坊としての本質は変わることなく受け継がれているのです。
楽しみにしていた夕食は、多彩に用意されたプランの中から精進料理を選びます。滋味深い心づくしの料理をいただきながら、宿坊に泊まっている実感をしみじみと噛みしめます。
そして、夜がふけるにつれ闇と静寂が深まっていく境内の気配を感じながら就寝。国宝や重要文化財など数々の寺宝と、御仏に抱かれるような感覚で安らかな一夜を過ごしたのでした。

早朝のお勤めで垣間見た、天台密教の世界観

観音堂内陣に導師が着座。空気がより一層張り詰める

観音堂内陣に導師が着座。空気がより一層張り詰める

お勤めは天台密教の儀式作法に則った導師の所作で進められる

お勤めは天台密教の儀式作法に則った導師の所作で進められる

日の出前に鳥の声で目覚め、仏間で合掌。身支度を整えたら、早朝の爽やかな空気が流れる境内を歩いて、高台にある観音堂へ向かいます。
三井寺の観音堂は、西国三十三所観音霊場の第十四番札所として多くの参拝者を集める、観音信仰の聖地。ここで、朝のお勤めに参加させていただくのです。御本尊の如意輪観音が鎮座する堂内は、先ほど歩いてきた境内とはまた異なる清澄な空気が張り詰めています。
僧侶の代表である導師が、内陣に配された礼盤(らいばん)と呼ばれる座床に上がって正座。御本尊に敬々しく頭を下げ、お勤めが始まりました。法具などを用いて施す導師の所作に合わせて、一堂に会した僧侶たちがお経と真言を斉唱。堂内に響きわたる読経の声、時折聞こえる数珠や錀の音に、心身が清められていくような不思議な感覚を覚えます。
お勤めが終わった後も、しばらくその場に佇み余韻に浸っていると、導師が声をかけてくださいました。「先ほどの所作は、天台密教の儀式作法に則っています。心に仏を思い浮かべて手指で印を結び、お経と真言を唱え、仏と一体になるのです」
仏と一体になる。先ほどの不思議な感覚は、そういうことだったのかもしれません。

日本茶のルーツである近江茶の一大産地を訪ねて

滋賀県随一の規模を誇る「頓宮大茶園」。緑の茶畑が延々と広がる

滋賀県随一の規模を誇る「頓宮大茶園」。緑の茶畑が延々と広がる

茶師十段位の資格をもつ老舗茶舗7代目、吉永健治さん

茶師十段位の資格をもつ老舗茶舗7代目、吉永健治さん

滞在と体験で感じた御仏の心を胸に秘め、三井寺を後に。琵琶湖を離れ、滋賀県南東部の甲賀市を目指します。旅の締めくくりに体験する文化は、滋賀県名産のお茶です。
お茶といえば京都の宇治茶を思い浮かべますが、日本におけるお茶栽培の発祥は滋賀県。約1200年前、天台密教の祖である最澄が留学先の唐から茶の種を持ち帰って植えたことがルーツといわれています。滋賀県で作られたお茶を近江茶といい、目指す甲賀市は、近江茶の名産地。なかでも、土山地区にある「頓宮大茶園」は県下随一の敷地と生産量を誇っているそうです。
到着した「頓宮大茶園」で待っていてくれたのは、地元で100年以上の歴史をもつ老舗茶舗「マルヨシ近江茶」の7代目、吉永健治さん。日本に15人しかいない茶師十段位の資格をもつ、お茶のプロフェッショナルです。早速、吉永さんの案内で茶畑を見学。広大な茶畑の風景に見惚れながら、近江茶の歴史や特徴、栽培にかかる手間ひまなどのお話を伺っていると、美味しい近江茶を味わってみたくなります。

茶師十段直々の指導を受け、ほうじ茶の焙煎を体験

テイスティングで、色、香り、味の違いなどほうじ茶の奥深さを実感

テイスティングで、色、香り、味の違いなどほうじ茶の奥深さを実感

時間、香り、色味などを絶妙に見極めて焙煎する匠の技は必見

時間、香り、色味などを絶妙に見極めて焙煎する匠の技は必見

「頓宮大茶園」の見学後は、「マルヨシ近江茶」のほうじ茶専門店「近江茶丸吉」へ。製茶工場に隣接する茶房で、ほうじ茶のテイスティングと焙煎の体験です。
まずは、用意された数種類のほうじ茶をテイスティング。茶葉の種類、焙煎の加減、淹れ方が異なるお茶を飲み比べてみると、同じほうじ茶でも味や香りが全く違うことに驚かされます。同時に、これまで経験したことのない美味しさと香りの良さに感動するのでした。
続く焙煎では、吉永さんの実演を手本に、焙煎を体験。好みに応じて茶師十段自らブレンドしてくださった茶葉を焙煎器に入れ火にかけ、立ち上る芳ばしい香りに酔いしれます。完成したほうじ茶は、吉永さんの指導を受けながら自ら淹れて試飲。テイスティングでいただいた茶師十段の味には到底かないませんが、なかなかの出来栄えです。さらに、ほうじ茶スイーツとのマリアージュも体験。日本茶とスイーツが醸し出す初めての味わいに、また感動してしまいます。
そして、帰り際には、先ほど自分で焙煎した茶葉を袋に入れたお土産までいただきました。近江茶、そしてほうじ茶の魅力を、心ゆくまで満喫する体験となりました。

度重なる災難から蘇り、1300年以上の時を重ね続けてきた不死鳥の寺。日本茶栽培発祥地で、近江茶の伝統を守り続ける老舗茶舗。奇しくも、天台密教の祖・最澄をルーツに繋がる二ヶ所での体験を通じ、滋賀県がもつ神秘的で奥深い魅力に惹き込まれています。

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