重要文化財の邸宅で人間国宝が語る、場と作品の相思相愛
2022年01月31日
鳥取県の山間にある旧宿場町の一角で、繁栄した往時の面影を今に伝える国指定重要文化財、石谷家住宅。かつて大庄屋として町の発展に寄与した名家の大邸宅には、江戸から昭和にかけての歴史的な建築遺産が数多く残されています。
そんな空間での特別文化体験のホストは、鳥取県が生んだ白磁の巨匠、人間国宝の前田昭博師。地元の自然、人、町を愛し、白磁を愛する前田師とともに、歴史的建造物に飾られた白磁作品を鑑賞します。
前田師による場語り、作品語りに聞き入ると見えてくるのは、場と作品が生み出す相思相愛の関係。
それぞれの魅力が、より深く体感できるはずです。
江戸から昭和の歴史を無言のうちに物語る大邸宅、石谷家住宅
中国地方の北東部に位置し、日本海に面した鳥取県。日本の47都道府県で人口が最も少なく、豊かな自然と古きよき日本の景観が随所に広がっています。県南東部の智頭町もそのひとつ。山林に囲まれた町の一角には、かつて街道の宿場として栄えた智頭宿の町並みが残り、往時の面影を留めています。そんな町並みのなかでもひと際存在感を放っているのが、石谷家住宅。今回、特別文化体験の舞台となる大邸宅です。
この邸宅の主である石谷家は、江戸時代中期の元禄年間初頭に鳥取城下から移住し、地主と山林経営で繁栄しました。明治時代に大庄屋となって以降は、町の発展に尽力。大正8年(1919)から約10年の歳月をかけて元自邸を大改築し、現在の大規模な木造家屋を築き上げたのです。
約3,000坪の広大な敷地には、40余りの部屋を有する主屋と7棟の土蔵が立ち、江戸末期から昭和にかけての歴史的な建築遺産として国の重要文化財に指定されています。また、約400坪を誇る国指定名勝の庭園も見事。特別文化体験の舞台として、この上ないロケーションといえるでしょう。
色や絵付けのない純白無垢な究極の磁器、白磁
そんな素晴らしい邸宅を借り切って過ごす贅沢な時間。そのなかで体験する特別な日本の文化は、陶磁器と総称される焼きもののうちで磁器のひとつ、白磁です。
粘土を材料に用い、釉薬をかけて焼き上げる、同じ焼きものという括りでも、陶器と磁器は大きく異なります。陶器は、有色の粘土を使ったもので、厚みや土の色みなどが特徴です。一方の磁器は、鉄分が少ない白色の粘土にガラス質の石を加えたものや、陶石と呼ばれる白い岩石を細かく粉砕して作る粘土が材料。素地の白さと硬さに特徴があります。有田焼や伊万里焼などが代表的です。
さらに、磁器の特徴として挙げられるのが、硬さ。陶器よりも高い温度で焼き上げるので、材料の成分がガラス化して硬くなります。「石もの」と呼ばれる所以です。そのぶん薄く仕上げられるため、透過性が高いことも特徴。なかでも、一切の色や絵を付けず形だけで表現する白磁は、光によってさまざまな表情を見せてくれるのも魅力です。石谷家住宅の随所に飾られた白磁の作品を実際に眺めてみると、その魅力に気づくことができるでしょう。
白磁界の巨匠にして鳥取県在住者初の人間国宝、前田昭博
石谷家住宅にさりげなく飾られている、さまざまな白磁の作品。それらを手がけているのは、今回の特別文化体験のホストである前田昭博師です。純白の白磁を専門とした作品が国内外から高い評価を受け、白磁の巨匠と称されています。
前田師は、地元鳥取県の出身。大阪芸術大学卒業後に郷里へ戻り、独学で白磁の制作に取り組みます。1979年に日本陶芸展で入選を果たし、以降も数多くの賞を受賞しながら白磁制作に従事。2013年には、国の重要無形文化財「白磁」保持者、いわゆる人間国宝に鳥取県在住者で初めて認定されました。
白磁の名産地でもなく、白磁の文化も伝統もなかった鳥取の地で、この道一筋に40余年。前田師の作品づくりにおけるモットーは、「鳥取に降り積もる雪のような、冷たくとも温かみのある白を表現すること」だといいます。
そんな思いを胸に改めて作品に対峙すると、この地で生まれた作品がこの場所に飾られ輝きを放っていることに、深い意味と必然性を感じるのです。
前田師の場語り、作品語りに惹き込まれ、白磁の表情を愛でるひと時
歴史的な建造物と白磁の魅力を体感した後は、前田師とともにじっくりと白磁の作品を鑑賞。人間国宝である作者から直々に白磁のお話を伺える、特別で貴重な時間です。
前田師は、石谷家住宅から車で30分ほどの山里に工房を構えていることもあって、この場に深い愛着をもっており、作品の発表会や展示会を行うことも多いとのこと。
「私は自他ともに認める石谷家住宅の大ファン(笑)。この空間に身を置くと、心が落ち着いて安らかな気持ちになります。だからこそ、作品を空間に押し付けて主張させることはありません。ここでの私の作品は、家の一部となってこの空間をより美しく見せるようなものでありたいのです」
柔らかな笑顔と口調で繰り広げられる、場語り、作品語りに、思わず聞き入ってしまいます。
そして、床の間に飾られた白磁を鑑賞。「人工的なライティングではなく、窓や障子越しに差し込む自然の光が白磁の表情を引き出してくれるのです」。そんなお話を伺いながら白磁の壺を眺めていると、部屋に差し込む光で陰影が生まれ、光の加減によって色の見え方も異なることがよく分かります。
前田師が言う白磁の表情とはこのことなのだと膝を打ち、いつまでも無心で眺めてしまうことでしょう。