海、山、川、里の歴史文化を五感で体感する、徳島県の旅
2021年12月27日
瀬戸内海に浮かぶ四国の東端に位置する徳島県。海、山、川といった豊かな自然に恵まれたこの地では、それと共存する形で人びとが里を拓き暮らしを営んできました。
そんな徳島の人びとは、時代や社会の変化に柔軟に対応しながらも、自然、歴史、伝統、文化を大切に守る心を忘れていません。
海、山、川、里、そして人を訪ね、徳島の地で育まれた歴史文化を体感しましょう。
プライベートクルーズで鳴門の海の魅力を体感
徳島県のツアーは、世界最大級の渦潮が生まれる鳴門の海を巡るプライベートクルーズから始まります。鳴門市内唯一のマリーナで出迎えてくれたのは、代表の山上裕之さん。日本でもトップレベルの操船技術をもち、鳴門の海を知り尽くしたクルーズ船の船長です。
案内されて桟橋へ向かうと、白亜のクルージングボートが優美な姿でスタンバイ。山上船長自ら舵を握り、クルーズへと出航です。ウチノ海と呼ばれる内海から、水門や小さな海峡を経て鳴門海峡へと向かう航程の間、海峡周辺の地形や潮流、地域の歴史や文化など、船長のガイドに聞き入ります。
クルーズのクライマックスとなる鳴門海峡では、船長の巧みな舵さばきで恐怖感なく世界屈指の潮流を体感。マリーナへ戻る頃には、すっかり鳴門の海のファンになっていました。
鳴門随一の名店で味わう、天然地魚の寿司ランチ
プライベートクルーズでの体験で、多彩な魅力を知った鳴門の海。それだけでも充分な価値はあるのですが、せっかくなら食を通じてさらなる魅力を体感しましょう。鳴門の海の食といえば魚。魚といえば、そう、寿司です。
訪ねるのは、市街地の大通りから少し離れた静かな住宅街に店を構えるすし一。創業から半世紀の歴史を重ね、鳴門市に数ある寿司処のなかでも随一の名店と称されています。
二代目として老舗名店の看板を守る大将の阿部裕司さんは、この道一筋25年。鳴門近海の天然地魚を厳しい目利きで仕入れ、手間ひまかけた仕事で極上の寿司を味わわせてくれる名職人です。
鳴門名物の鯛はあえて皮を残し松皮づくりで、アオリイカは細かく隠し包丁を入れ軽く炙ってスダチを一搾り。素材本来の持ち味が最大限に引き出された寿司の数々に、舌鼓が止まらないランチタイムとなりました。
世界を魅了する阿波藍の本藍染を、名職人の工房で体験
クルーズと寿司で鳴門の海を堪能したところで、鳴門市を離れて徳島市へ。阿波藍の産地にある藍染の工房を訪ねます。
阿波藍による藍染は、他では出せない奇跡のブルーと呼ばれる美しい藍色で、日本国内はもちろん広く世界でも絶賛される伝統工芸です。矢野藍秀さんが営む本藍染矢野工場では、その名の通り古来の伝統技法である本藍染を一貫。化学染料を一切使わないため、工房内は藍の発酵によって生じる自然な香りに包まれています。
工程を見学した後、両手が藍色に染まった矢野さんの指導で本藍染を体験。持ってきたお気に入りのハンカチを、矢野さんが仕事で使う藍壺で染めさせてもらいます。染め上がったハンカチは、これまで見てきた藍染とは別格。これぞジャパン・ブルー、いやヤノ・ブルーの美しさだと感動するのです。
日本三大秘境、祖谷渓に立つ天空の一軒宿
藍色に染まった矢野さんの大きな手と握手を交わし、徳島市を離れて一路西へ。日本三大秘境のひとつに数えられる、祖谷渓を目指します。渓谷美を車中から眺めた後、祖谷渓の一角に立つ一軒宿、和の宿ホテル祖谷温泉にチェックインです。
早速、楽しみにしていた源泉掛け流しの露天風呂に向かいます。こちらの露天風呂は深い渓谷の谷底にあり、アクセスは専用のケーブルカー。高低差170m、傾斜角42°の断崖を、約5分かけて下っていきます。眼前と眼下に広がる渓谷の景色は、まさに絶景。到着した谷底の露天風呂では、川のせせらぎや鳥のさえずりをBGMに、秘境ならではの湯浴みを満喫できました。
湯上がりは、温泉宿らしい和の様式をベースに洋のモダンなエッセンスが融合した客室で癒しのひと時。地元の旬食材を使った滋味深い和食のディナーに舌鼓を打ちながら、秘境の夜が深まっていくのを感じるのでした。
祖谷に点在する名所を訪ね、秘境旅の情趣に浸る
翌朝、いつもより早く目覚め、再び露天風呂へ。朝の清涼な空気に包まれながらの湯浴みはまた格別で、早起きなんて苦でもなんでもないと思えてしまうから不思議なものです。
ゆったりと朝食を摂りチェックアウトを済ませたら、祖谷渓に点在する名所を巡ります。まず向かったのは、ひの字渓谷と呼ばれる谷を望む展望スポット。文字通り渓谷を流れる川がひの字型に湾曲した奇景が一望のもとに見わたせ、改めて秘境に居ることを実感します。
そして、祖谷渓でも屈指の名所といわれる祖谷のかずら橋へ。シラクチカズラという植物で作られた吊り橋は、かつて祖谷渓唯一の交通施設だったという歴史遺産。足元が網状で川面が見えるうえ、歩く度に橋自体がしなって揺れるので、想像以上のスリルです。
そこからさらに足をのばし、深い山間に広がる落合集落を目指します。落合集落は、江戸中期から明治期に建てられた民家が山の斜面に沿って点在する、国指定の重要伝統的建造物群保存地区。谷を隔てた展望所から眺める古きよき山村の原風景には、旅情が掻き立てられます。
築250年の武家屋敷で、祖谷名人のおもてなしに感動
秘境旅の情趣に浸り、気分は少しばかりセンチメンタルに。とはいえ、太陽はすっかり空高く昇ったお昼時、そろそろランチタイムです。
いつまでも眺めていたい風景に別れを告げ、次の目的地へ向かいます。再び車に乗り込み、山間の細い道をくねくねと移動。いくつかの坂を登り切った先に立つ、立派なお屋敷に到着しました。約250年前に建てられた祖谷地域最大の武家屋敷で、現在は見学施設となっている旧喜多家です。
出迎えてくれたのは、祖谷で生まれ育った都築麗子さん。お屋敷の広間には、山菜、蕎麦、鹿肉など、都築さんお手製の郷土料理の数々が用意されています。
素朴ななかにも滋味深さと温かみのある料理をいただきながら、民話や伝説など都築さんの祖谷語りに聞き入るひと時。食後には、都築さん自慢の民謡まで披露してくれました。今も都築さんの顔を思い浮かべると、祖谷を訪ねたくなります。
地域の人びとが守り受け継ぐ伝統芸能、阿波人形浄瑠璃を特別鑑賞
素敵で楽しい時間は、あっという間に過ぎるもの。都築さんに再会を誓い、祖谷を後にします。
再び徳島市へ戻り、のどかな集落の外れにある神社へ到着。参道の坂を登ると、野外舞台が現れました。旅の最後は、ここ犬飼農村舞台での阿波人形浄瑠璃のプライベート鑑賞です。
阿波人形浄瑠璃は、徳島の人びとが各地域で大切に守り続けてきた伝統芸能。時代とともに農村舞台も公演も減少していくなかで、犬飼農村舞台での公演は地元保存会の有志による自主運営の祭礼行事として脈々と受け継がれています。農村舞台の仕掛けや道具、人形などの維持管理、公演の運営まで、すべてを手弁当で行う保存会の存在は、今や徳島でも貴重です。それだけに、保存会の人びとが個々の役割を全うして準備に励む様子を見ていると、この公演が如何に特別なものであるかを実感させられます。
太夫、三味線、人形遣いの準備も整い、公演の幕開け。太夫の語りと三味線の音色に合わせ、人形遣いが3人一体となって見事に人形を操っています。いつの間にか、魂や感情を宿しているかのような人形の動きに魅了され、物語の世界に入り込んでいるかのような感覚に。これまで経験したことのない、圧巻の舞台でした。